とは言うものの

Having said that,

加齢と体重

先日、定期健診に行きその結果が出ました。巷ではコロナ太りを耳にする中、自宅に体重計がないため気づきませんでしたが、去年より体重が数キロ減っていました。その割に腹回りの肉は落ちてないですが…

巣ごもりの割に体重が落ちたメインの理由は下記の記事で書いたとおり食生活だとみています。当時は痩せるかもな、程度の想像だったのですが半年経ったことで答え合わせとなりました。それと現在リモートワークは座らずスタンディングでやっていること、半年ぐらい1日1万歩生活を続けているので、これも少なからず影響しているとは思います。

前回の通りこの食生活が正解だとは全く思ってはいないのですが、毎回食べる物を考えて用意するのが結構ストレスになるのも事実で、特にこのコロナ禍ではなるべく気楽な生活を送りたいので抜け出せそうにありません。幸いなことに今も昔も定期健診の結果は全てオールAではありますが、将来的に身体に良い影響を与える食生活とは思えないので、どこかのタイミングで改善をしようとあらためて決意です。

加齢と薄毛

「薄毛を下手に隠そうとするのはダサい」と当事者になる前までは思っていたし、自分がそうなったら潔く受け入れようとも思っていました。だけど自分がいざ当事者になってみると、間違いなく加齢による身体の変化で受けた最大級の精神的ダメージとショックで、到底素直に受け入れられませんでした。ごめんなさい。

薄毛薬が開発されたらノーベル賞ものと子供の頃に聞いた記憶から、薄毛ビジネスは人を騙すようなビジネスしかないと思っていました。それでもスマホで撮った頭頂部の写真を見ながら一通り落ち込んだ後、藁にもすがる思いでネットを検索。するとなんと薄毛の原因は科学的に解明済みでそれを抑制する薬もあるということを知りかなり驚きました。それこそ当事者になる前までは、AGA治療のテレビCMを見ても詐欺まがいの商売だと頭から決めつけ思考がストップしていました。

ネットは効果があやしい育毛剤や高級サロンなど有象無象ですが、一番信頼でき納得できたソースはYouTubeでした。今の時代、顔を出して何人もの人が写真付き実体験で薄毛改善のチャンネルをしているんですね。驚かされました。

そんな下調べを経て、自分は個人輸入代行業者を使って薬を入手し治療することに決めました(個人輸入は費用を抑えられますが完全自己責任ですのでご注意を)。抜け毛を抑制するフィナステリド系の錠剤と、発毛を促すミノキシジル入りの塗り薬で毎月2,000円ちょっとのお値段。これぐらいの支出で髪が戻るなら安いもの。治療を始めてから効果が出るまでは大体6ヶ月というのが定説のようで、自分の場合は2ヶ月目ぐらいが効果があるのかないのか不安で一番鬱々として、3ヶ月目ぐらいで徐々に効果が見え始め安堵しました。

しかしながら、この期間ほどリモートワークに感謝したことは無かったです。もし毎日出勤だったら、電車でも社内でも人の目が気になって仕方なかったに違いないです。人の薄毛なんて他人は関心がないことは分かってはいるけど、自分の薄毛に気づいてしまったらもう人の目が気になってどうしようもないものです。

あと今回のことで、髪を切る行きつけの店はあった方がいいなと思いました。どうしても散髪中の意味のない会話が苦手で、短時間で完了する1,000円カットに行っていますが、今後もし薬が効かなくなるなど薄毛が進行した場合でも、行きつけがあれば早めに何か言ってもらえるかもしれない。そういった意味ではLGBTQ+の方がやっているお店だと会話も気を使わなくて楽ですし、お金を落とすという意味合いではLGBTQ+に関わる経済圏の手助けになって一石二鳥かなとも思ったり。

現在は開始から6ヶ月が経ち、もう薄毛が気にならないレベルに無事復活しました。ミノキシジルはそろそろ止める予定ですが、フィナステリドはまだ飲み続けます。と言うか、フィナステリドは薄毛の根本解決ではなく抑制するものなので、服用を止めるとまた抜け毛が増えるため、基本的にはもう禿げてもいいと思える年齢まで飲み続ける必要があります。1年分の錠剤で1万円程度なので金銭的には痛くないですが、あと20年程は飲み続けると考えると長い。まあその間に根本治療薬が出る可能性もあり、この辺は流れに任せていきます。

Me, Myself, and I

f:id:whereabout2:20090815051029j:plain

自分を形成するカタチはとても流動的
例えるならジグソーパズル
四方八方のピースが埋まり
ポッカリと浮かび上がった空の1ピース分のスペース

周辺のピースによって形成されるカタチ
ピースが変わればカタチも変わる 

上手いこと例えたなという過去の自分への自画自賛は置いておいて、この頃よりはマシになっていますが、元来あまり我を出すタイプではないし主義主張がはっきりあるわけでもないので、流れに任せる人生を送っています。この反動なのか無いものねだりか、一癖ある人を好む傾向が多くて後々になって癖が強すぎた!と後悔することはや何回。

話が逸れましたが、年齢を重ねると思考も凝り固まりがちなので、むしろこれぐらい俯瞰して自分を見ることができて、中庸に生きるスタンスが丁度いいのかな、何てことも思ったりします。三つ子の魂百までとも言いますし、無理に変えようとせずにありのままの自分を受け入れられる余裕は歳を重ねることで持てるようになりました。

ウソツキ

f:id:whereabout2:20080805162248j:plain

嘘をつくのは簡単だ

その場しのぎの嘘
苦し紛れの嘘
口からでまかせは十八番だ

難しいことは
ついた嘘を覚えておくこと
ついた嘘に責任を持つこと

この歳になると大分減りましたが、彼女いるの?と何気なく聞かれることあると思います。そんな時、いないと答えて合コンに誘われても面倒なので、架空の異性を作り出してその場を取り繕う。

恋愛の話に限りませんが、マイノリティーであるが故にその場をごまかすための悪意ない嘘を付くことはよくある話だと思います。ただ難しいことは自分自身はすっかり忘れてしまった作り話を後々また尋ねられて矛盾を指摘されたとき。焦りを悟られないようにしつつ、ああそれはね、とまた嘘に嘘を重ねる。誰を傷つけるわけでもないけれど、素直に答えられないモヤモヤとした罪悪感を勝手に背負う。

何年先か分からないけれど、無駄な心配をせずに正直にセクシャリティーを答えても支障がない仕事環境や住環境を手に入れることも、セミリタイアに期待するひとつであり目標です。

怒鳴り合いは傍観だけで疲弊する

NHKで日曜23時から放送している「The good fight」にハマり、アマプラでシーズン3まで一気に見ました。内容は3人の女性弁護士ものです。シーズンが進めば進むほど、政治色がかなり強くなりますが楽しく視聴できました。

以前はアメリカのTVドラマが好きでちょこちょこ観ていたのですが、ここ数年間は完全に遠ざかっていました。理由はタイトルの通りで、特にアメリカのTVドラマが顕著だと思うのですが、一話の中でほぼ確実に大声で怒鳴り合い、罵り合う場面が結構な尺を使って出てくることです。一話の中で起承転結をつける構成上、そういった演出が必要なんだろうとは思いますが、他人だとしても感情を露わにした怒鳴り合いを聞かされるのは精神衛生上よろしくない。ある時、視聴後にどっと疲れている自分に気が付き、面白くて見ているはずのドラマで逆にストレスを感じるのは本末転倒だと思って見るのを止めていました。

ちょっと話は逸れますが、怒鳴り合いの場面を見ていて思うことは、良い意味で英語はそういう瞬間的な感情を口から表現しやすい言語だなと思います。日本語で罵倒しようとしても、パッと口から出せる単語はそんなに思いつかなくないですか?日本語はどちらかと言うと、爆発的な怒りを表現するより、敬語で淡々と話してそこはかとない怒りを表現できる言語かなと思ったり。

そんなこんなで、The good fightが面白くて一気見できたのは、怒鳴り合いが少なかったり控えめだったんだなと、見終わってから気づきました。それで折角だしこの流れで他の弁護士ドラマも見ようと思い、日本でリメイクもされた「Suits」を見始めました。が、シーズンが進むごとにクライアント、同僚、恋人との怒鳴り合いが増えてきて早くもウンザリ気味。シーズン9までありますが、シーズン3の途中で止まっています。

こんなご時世も相まって、現実世界でも日々いろいろな意見が飛び交っている今だからこそ、ドラマぐらいはほっこりできるものが見たいなと思うのでした。

with コロナ②

リモートワークが始まって10か月ほど経ちました。そしてまだしばらくは続く予定。その間に出社は4,5回だったので2ヶ月に1回ぐらいのペースです。戸惑いと共にリモートワークが始まり、時間と共に慣れたと思ったら、やっぱり気持ちが沈む時期もあったり。ただ自分としてはリモートワークのデメリットよりはメリットの方が多いと感じています。今となっては元の生活スタイルのように週5出勤して8時間以上オフィスに拘束される生活に戻れる気がしません。とは言うものの、今後ずっと完全リモートワークです、と決定されたらそれはそれでまた悩むんだろうけど。

上記のとおり仕事面では働き方の変化で気持ちが追い付かないこともあったのですが、人生という面でみると意外なほど心穏やかに過ごせているかもしれません。コロナ前までは、自分は頑張り過ぎず要領よく人生を歩んでいると思っていました。ところがコロナによって世界が強制的に一時停止を迫られたことで、自分も変な心配をせずに人生を一時停止し心の休息が取れていた気がします。きっとコロナ前は世間から置いていかれないよう立ち止まってはいけないという強迫観念が心にあったんだなぁと気づかされました。

こんな感じで今のところ個人としてはコロナであまり不利益を被っていないというか、むしろプラスに転じていることの方が多い気がします。もちろんこれで良いわけはなくて、コロナは早く駆逐されるべきだと頭では分かっているけれど・・・

こういう感情をどう扱うべきか(もしくは無視するべきか)と思う中で「コロナロス」や「現状維持バイアス」について書いてあった以下の記事を読んで、なんとなくホッとしたり。まあいずれにせよ大切なのは、この記事も含めて日々流れてくる様々な情報に心が揺れ動き過ぎて疲弊してしまわないことかと思います。

お金の⑪ iDeCo

iDeCoは2017年1月に対象が拡大後、しばらくしてから加入しています。当初の思惑は少なくとも60歳まで手堅く運用と考えインデックスファンドを選ぶつもりでしたが、既に保有していたセゾン投信が調子が良かったこともあり、結局アクティブファンドを選んで継続購入しています。自分としては積立金額が所得控除の対象となり所得税・住民税が節税できるメリットがやはり魅力的です。

先日、知り合いが毎月定期預金をしているけれど投資にも興味があると話していたので、まずは毎月の定期預金の一部をiDeCoに充ててみてはどうか?と勧めてみました。ただその人はメリットよりも60歳まで引き出せないデメリットが気にかかっていて、おそらく結局やらなさそうな雰囲気でした。個人的にはiDeCoは利用しない方がもったいないと思う制度なのですが、人に投資の良さを伝えるのは難しいなと思った次第でした。

※あくまで個人の感想で、投資を勧めているわけではありません。投資は自己責任でお願いします。

加齢と飲酒

お酒は弱くはないですが酒豪でもありません。そこそこ呑めるが故に1軒で終わらず調子に乗ってはしご酒をしてしまうのが悪い癖です。それでも若い頃は吐いたり記憶が無くなることは稀だったのですが、ここ数年は徐々に悪化。原因は明らかで、身体は老いてきているのに、呑むペースや量が若い頃と変わらないからです。二日酔いからの回復も遅くなってきており、翌日を無駄にした時はもう飲み過ぎないと誓うのだけれど… ただ幸いな事に泥酔してケガをしたり財布を無くした事はまだありません。まぁいつやらかしてもおかしくない状況ですが。

とは言うものの、お酒自体が好きというよりは誰かと呑む雰囲気が好きと言うのが正しい気がします。事実、家にお酒は常備していないし、一人で呑むことは年に数える程度です。昨年はこの状況下も相まって数ヶ月呑まないこともありました。酒は呑んでも呑まれるなを心に留めて、仲間と集まって気軽に呑める状況に早くなる事を願うばかりです。

年上のお言葉

f:id:whereabout2:20201029224910j:plain

自分だけ辛いと思いがちな人生
皆少なからず辛いよね
by 志村けん

あなた、自分の嫌いな事はすぐ出てくるのに
好きな事は具体的にわかってないよね
by 前田健

残念ながらお二人とも故人となりましたが、当時心に響いた言葉。自分の周りにいる人々に対する追加の優しさの必要性を再認識したり、嫌いな事で共感してもらう方が簡単だけど、好きな事を見つけ熱く語れるようになりたいと考えさせられたり。まぁ響いたけど生かせたかどうかはまた別問題です…

40代の今、Lilicoさんのインタビューが印象に残っています。結婚生活の話題からの流れで、もし離婚になったどうする?と問われた際に「結婚前から私は幸せだったから、離婚したとしても私は元の幸せな自分に戻るだけです」と、そんな風に答えていました。これを聞いた時、素敵な考え方だと納得する自分と、やっぱり一生を添い遂げる人がいて幸せは100%に完結すると考える自分がいる事に気付かされました。最終的にはバランス感覚だとは思いますが、自分の幸せの補完を相手に期待するのではなく、幸せな自分がいいて、そこに+アルファに上積みされる2人の幸せ、ぐらいに捉える心構えが大事ですね。

「今」じゃなく

f:id:whereabout2:20110328170221j:plain

「過去」と「未来」について考える時、その比重の違いに気づいた

来年の今ごろは・・・
あと何年後にはきっと・・・

こんな風に未来に思いを馳せるよりも

去年の今ごろは・・・
そういえば一昨年のあの頃は・・・

そうやって過去について考えることの方が圧倒的に多い
未来の自分ってうまく想像できない 

20代はこんな風に考えていた事をすっかり忘れていました。今は真逆で、セミリタイアを実現するために未来のことを考える事が多いです。

若い内は何でも挑戦できると言われがちですが、自分は不安しか無かったんだと思います。自由にどこで何をやってもいいと言われるよりも、ある程度の制限がある中で工夫を懲らし上手くやる方が確実に性に合っています。

ただ過去を懐かしむ事も老後のお金を貯める事も大事ですが、20年前も現在も「今」を楽しんでいるか?と、ふと自問自答。そんなわけで、2021年の抱負は「今」をもっと楽しむにしようと思います。

お金の話⑩ クレジットカード

少し前までは定期券の購入もポイントが付くため交通系のクレジットカードをメインに使っていました。ただこのコロナ禍で定期券を買わなくなったこと、あとはWebやアプリが相当使いにくく地味に不満を抱えていたこともあり、これを機にメインで使うカードを丸井グループ発行のエポスカードに切り替えました。

ここを選んだ理由は単純で、家賃がエポスカード払い指定のためです。加えてセゾン投信エポスカードを使って月5万円までtsumiki証券から買えることも大きな理由です。セゾン投信から直接定期購入している月額分の中から5万円分をtsumiki証券を経由して購入することにしました。同じ投資信託を2つの証券会社で購入、保持することが良いのか悪いのか正直分かりませんが、クレジットカードをいろいろと持つのは好きではないのでなるべく統一してしまいます。

ちなみにtsumiki証券は2018年に日本で初めてクレジットカードで決済ができる証券会社として誕生しましたが、現在は楽天カード、セゾンカード、タカシマヤカード、三井住友カード(2021年予定)でも提携の証券会社からクレジットカード決済できるようです。選択肢が増えるのは大歓迎ですが、自分にベストなサービスを調べるのが歳とともに面倒くさくなってきており、今回も調べることに疲れて最終的にはもういいやとなりました。この辺のサービスを事細かに確認するのが好きな方は尊敬します。

いい年齢になったならクレジットカードのステータスも気にすべき的な話も以前は聞きましたが、アメックスやダイナースでもないのならあまり意味がないとも思いますし、しばらくはエポスカードでポイントをこつこつ貯めていこうと思います。

心は変わるもの

引用記事は、とあるスラプルが友達の受精卵をもらい代理母出産によって2人の子供を持ち育てているというなかなか情報多寡なお話。スラプルとは “three” と “couple” の合成語で、3人でお付き合いする関係性のことです。いわゆるポリアモリーの一種なのかな。

いろいろな意見があって当然ですが、少なくとも自分は数年前にスラプルという存在を知った際、そんなの所詮ただ都合の良い関係が欲しいだけでしょと思ったことを覚えています。にも関わらず、今回この記事を読んだ時にいろんな人生があるよなと思いの外にスッと受け入れた自分がいて少々驚きました。人は人みたいなちょっと冷めた観点でもなく、そんな関係性があっても不思議じゃないかと自然と思えました。

この心の変化が、歳を重ねたが故の寛容性なのか、コロナ禍による人間関係に対する心境の変化なのかは分かりません。オチも答えもないけれど、心なんてものはきっかけが何だったのか分からないぐらい意外に簡単に変わるものなんだなと、そんな事を改めて思ったのでした。 

 

 

 

When will this end?

f:id:whereabout2:20201029213752j:plain

始まりと同時に終わりをいつも求めていた

新しい恋
新しい友人
新しい出会い
新しい仕事
新しいこと全て

長く留まり本当の自分を露呈し
見せかけだけのくだらない奴だとバレるのを恐れた

始まった瞬間に終わりを意識するからこそ
息ができると信じてる自分がいた

逃げ癖という1度覚えた悪癖を振り払うには時間がかかりました。もちろん限られた人生の時間を(あとから顧みると)無駄なことに費やすぐらいなら、逃げる決断が最善策となることは人生の中で多々あります。ただ開始前から終了が決定事項では成長のチャンスもない。改善より撤退が手っ取り早く傷つかないと考え繰り返したがゆえに、結果として自己肯定感の低下にもつながりました。

今は恋愛、友人、出会いに関して始まる前から終わりを見据えることはないですが、仕事だけはセミリタイアを見据えているため常々頭の片隅でくすぶっています。担当案件を成長させたとしても、喜びや達成感よりも立つ鳥跡を濁さずが優先し、次の担当者にどう上手く引き継げるか頭にチラつき始めます。

とは言うものの、これも見方を変えて先読み行動と捉えれば、大人としてうまく世の中を立ち回っているに違いない。

That's the way it is

f:id:whereabout2:20201025164253j:plain

人との繋がりを信じていなかった
独りでも生きていけると信じていた

他人どころか家族にも頼らず
独りで生きていかなければならないと
そう勝手に思いこんでいた

表面上はありふれた一般家庭だったんだと思いますが、喜怒哀楽がないというか関係が希薄な家族でした。愛情の表現方法は人それぞれと20代後半にようやく頭で理解し心がついて行けるようになってから前に進めた気がします。

家族は最初に触れる世界で絶対の世界ですが、その世界が自分の思いだけでは変えられないこともあると実感し、それならば環境を変えようと身につけた逃げ癖は20代後半までなかなか抜けませんでした。

ちなみにタイトルをスラングで言うと、It is what it is と言うらしく日々勉強。

Nothing lasts forever

f:id:whereabout2:20040519173640j:plain

人は裏切るもの
絶対なんてこの世に存在しない

だからいつ裏切られてもいいように、
傷つかないように構えてた

あそう、と軽く言えるように
全然平気、と返せるように

ポーカーフェースがカッコいいと信じてた

小中高とそれなりに仲のいい友達もいたけれど、心から仲良しだったかと言うと違う気がします。感情を外に出すことは許されないとどこか本気で信じていた自分がいました。

大学生になってからはそこにゲイという要素が加わったものの、上手く折り合いをつけて仲のいい友達はできたし、卒業後も定期的に連絡を取り合い遊んでいました。ただ30歳に近づくにつれ彼ら彼女らは結婚し家族を持ち始め、生活スタイルの変化で自然消滅していきました。

ではゲイの友達はできたのかと言うと、友達だったはずがいつの間にか好いた好かれたの色恋が始まり最終的に消滅するパターンを若い頃は繰り返していました。ようやくちゃんとゲイの友達ができたのは、精神的に多少大人になった20代後半。そしてその頃にできた友達の中から気が合ってなんだかんだで続いた数人が、いつの間にやら今では気のおけない友人となっています。

言わずもがな今いる友人はとても大切で一生バカ話で笑い合いながらお酒飲みたいと思いますが、ただ同時にこの先長い人生のためにも交友関係を広げ新しい人生の彩りを加える必要性も感じています。そのためにも重い腰をあげてアクティブにならなきゃなと思います。

とは言うものの、歳を取れば取るほど新しい人達と知り合うハードルがどんどん高くなるのも事実なんだよなぁ。